最後に話をしてから、3度目の冬がやってこようとしています。
僕は、今でもときどき君のことをふと思い出します。
君は膵臓の病気で、僕はスキーの怪我で入院...
本当だったら、話をする機会も無かったかも知れないのに、偶然に君が整形外科病棟に収容されていたおかげで、友達になることができたんだよね。
初めて話をした夜... 君は病棟の洗面台の前で、歯磨きをしながらシクシク泣いていたっけ...
外来棟の隅にある図書コーナーで、しょっちゅう鉢合わせしたね。まあ、外出できない患者の入院中の楽しみなんて、読書くらいしかなかったからね。
それにしても、いつも君の速読には驚かされたものだよ... どんな文庫本でも、1時間もあれば一冊読破してしまうんだから... 結局、コツを教えて貰えずじまいだったな。
週末の外部の扉が閉鎖された、サナトリウムのような静かな外来棟で、一日中 本を読みふけったなんて、あのときはごく当たり前のことだったけど、今ではとても良い思い出だな。
僕が手術を受けた後、しばらく弱り切った時期があったけど、毎日のように、病院内のちょっとした話題を持って様子を見に来てくれたね... 煩がっていたけど、本当は嬉しかったんだ。
やっと車いすで移動できるようになったとたんに、放射線科の裏庭にある秘密の四つ葉のクローバー群生地で、クローバー摘みを手伝わされたのには参ったけどね... 僕は地面に座ることは出来たけど、君は胆汁を抜く管が入っていたから、立っているしかなかったから仕方が無いんだけど。
僕の退院が近づいた頃、君は3度目の手術を受けていたね...
仲よし患者のみんなで相当心配したけど、数日で姿を現したときには、ほっと安心したのを憶えているよ。でも強い薬のせいか、もう僕らと一緒に食堂で食事をすることは、ほとんど無かったね...
それでも、日に日に元気を取り戻して、僕が退院する日も、新入りの若い患者さんをつかまえて、手術の恐怖体験でビビらせたりしていたっけ...
退院の時にくれた書き置きの中に入っていた、四つ葉のクローバーの押し花は、ちゃんと取ってありますょ。
後日、二度ほど手紙をくれたね... 二度目の手紙に、やっぱり調子がすぐれなくって再入院したと書いてあったので、僕は退院後の定期検診の時に、お見舞いに行ったんだ。そうしたら、一足違いで君は既に転院した後だったんだ...
玉川の自宅を家族で引き払って、お母さんの郷里の病院へ入ったって、看護婦さんから聞いたょ...
あれから随分時間がたってしまったね。
これが、君への恐らく最後の手紙です...
残念ながら元気になった君と話す機会はもうないけれど、君や患者仲間と過ごした入院生活の日々は、いつまでも大切な思い出として、僕の中にしまっておきたいと思います。
ありがとう... さようなら



